見えないものの世界を見る、聴こえてこない音を聴く
1968年、吹雪による空港閉鎖によって、米国シカゴに1週間近く滞在せざるを得なくなった日本を代表する作曲家、武満徹さんが19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家ルドンの「目を閉じて(閉じられた目、瞠目)」と題された絵画と出会い、そこから受けたインスピレーション“開かれた耳”という言葉に突き動かされて創作したのが、「閉じた眼 – 瀧口修造の追憶に」というピアノ曲です。
眼に見えるものの背後にある大きな世界を深く見つめ、そこから受けた印象を絵に表現したルドン。そのルドンの絵の世界を武満さんは、「大きな宇宙とか生命の神秘。その眼に見えない大きな力とわれわれ人間が密接に関わり合っていることは、私も音楽を通してひしひしと感じています。ある命が発生してくる原初の記憶。何か眼には見えないもの。しかし、世界をかたち創っている非常に大切なものをルドンは、その眼差しを通して見たかったのではないか。」と鋭い知性で洞察しています。(引用:1980年6月22日放送 日曜美術館「私とルドン 作曲家 武満徹」より,NHK)
「ルドンの場合、決まったある形を見ようとしているのではなく、あるものからあるものに移っていくものを見ようとしている。自分の内面を深く見つめながら、独自の石版画を黒と白の世界で表現しようとしたことは、音楽家である私としても学ぶことが多いし、大きな刺激を受けます。音楽がもたらしてくれる感動や喜びは、ルドンが表現しようとした、目に見える世界の背後にある大きな力と関わっているように感じます。」(同上)
また、武満さんはこの曲の作曲中に亡くなられた彼の先生である瀧口修造さんの葬儀で瀧口さんの“閉じた眼”を見て、曲の方向性が複雑に変わっていったとも語っています。「必ずしも良い絵の鑑賞の仕方ではないかもしれませんが、僕も作曲家・最初の聴き手として、ルドンと同じように見えないものを見たいし、音を組み合わせて音楽を創るというのではなく、いま聴こえていない音を聴き出したいという気持ちが強いです。」という言葉を放送の最後に述べられています。(同上)これは武満さんが1996年に亡くなるまで、終生変わらない作曲との向き合い方だったということを記して終わりたいと思います。
結び
♪♪今月のヒークンお薦め・癒しの一枚(^^♪
「アズラエ(Azurae)」ジョン・セリー
今月は環境音楽の一ジャンルになっている、“スペース・ミュージック”の第一人者・ジョン・セリーが2019年に発表した珠玉の一枚を紹介したいと思います。在宅リモートワークで会議録を作成したり、プロジェクト資料を作成したりしている時の聴き流しBGMに最高です!主張のある音楽ではなく、かといって安っぽくもなく、シンセサイザーを使った文字通り、宇宙空間で聴くと最高だろうなーと思わせる音楽です。彼の作品は、リリース年が新しいほどクオリティーが上がっているように感じるので、できればこの作品から聴いて頂きたいです。